訃報を聞いて思うこと 生きている間に大切な人のことを想う

昨晩、九重親方の訃報を聞きました。ニュースを見た瞬間「えっ!」と思わず声が出てました。現役時代は千代の富士の力士名で大活躍された方です。あだ名はウルフ。

千代の富士の取り組みを見たことあります?ぼくが小学生のころは千代の富士全盛期だったなあ。もうめちゃくちゃ強いんですよ。

小学生ながらに、「安定感抜群の力士やなあ」と思ったものでした。力士として体はそれほど大きくないんですが、相手の巨体をものともせずに投げる。いやほんとにすごかったなあ。

あまりの強さに相撲界に変化がなくなると、千代の富士のことを好まない人がぼくの周りにも結構いました。でもぼくは好きだった。

そんな方の訃報を聞いて本当にびっくりしました。まだ61歳です。

ぼくにとっての後悔すべき人生

40歳近くになってきて、人の訃報を聞くたびに人生についてあれこれ考えます。

いつまでも元気なわけではない有限の人生。自分の人生だって明日、いや今日どうなるかわかりません。後悔しないような人生を送りたいと思うけど、死んだら後悔だとかいい人生だったとか考えるわけじゃない。

自分にとっていい生き方だったかも大事だろうけど、残される周りの大切な人たちが感じるであろうことのほうが大切な気もする。

「Rokotaともっと時間をすごしておけばよかったね」「結局Rokotaが何を考えてたかよくわからなかったね」「Rokotaともっと腹をわって話したかったね」

自分が死んだあとに大切な人がそんなふうに思うとしたら、それはぼくにとっては「後悔すべき人生」です。

自分がどんな結果を残したかや有形のものを残せたかよりも、100歳で死ぬまでの過程つまり大切な人たちとどう絡んできたかが重要だと思うんです。

後悔なきよう大切な人と話そう

後悔しない人生を送るために、時間を有効活用してやりたいことをやろう。よく言われることです。ぼくも自分が楽しいと思う方向に人生の舵を切っていきたいし、仕事においても直感的に「これ好きかも!」とか「楽しい!」と思えることをやっています。

そうではあるんだけど、後悔しない人生を送るためにはそれだけで完結するのはなんだか不完全燃焼な気がするんです。

自分が死んだときに必ず残されるであろう周りの人に後悔という気持ちをもってほしくない。「Rokotaと目一杯たのしんだね~」と微笑んでいてほしい。

なので、ぼくにとって後悔人生を送るためにすることは、大切な人とコミュニケーションをとりまくることです。

妻やこれから誕生してくるかもしれない子供、親や兄弟、友人、仕事でかかわる人たち。

そういった人たちと話して思いを共有したいと思います。大切な人と過ごすことが自分の人生行路の一部なのです。

今日のStyle

最近訃報をきくたびに考えます。

こういうことをじっくり考えることで、自分の内なる人と向き合えるのでいいです。

生きている間にしかできないことですから。

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