ウォーキングのように生きるというのも1つのあり方

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最近週に2回妻とナイトウォーキングをしています。45分ほど歩いていい汗をかく、最高です。歩いているとコンビニの明かりや電柱の広告がスローで目に入ってきます。

そこでふとウォーキングのように生きるのも1つの生き方・あり方だなと思いました。支離滅裂になるかもしれませんが、さっそく残しておきます。

ウォーキングとドライビング

何キロでているのかわかりませんが、ウォーキングはスピードが遅いです。競歩でもしたら別でしょうが、基本的にナイトウォーカーたちはスロー。スピードが出ていないので、目に入ってくるものがゆっくり移動していく感じになります。

わかります?えっ、わからないって?運転して60キロだそうものなら、コンビニの横を通ってもどんなのぼりがあるとかよくわからないでしょう。そういうことです。

歩いているとゆっくりと周りを眺めることができるのです。どちらがいいというわけではないんですよ。どちらも大事だし必要。

猛スピードで車移動すればそれだけ速く着くけど、周りをゆっくり観察できない。ウォーキングでのろのろいけば、じっくり周りの様子を知れるけど時間がかかる。どちらもよいし、どちらでもいい。自分の状況や目的によって変わります。

周りと比べず穏やかに生きたいときはウォーキングペースでもいいんじゃないかと。いまのぼくらがまさにこれです

情報とうまく付き合いウォーキングのように生きる

ウォーキングのように生きるためには、情報とうまく付き合う必要があるなと感じます。ぼくはこの1年で、人生のうちこれまでなかったほど色々な情報に触れています。

ブログを初めてほかの人のブログを読むようになったし、SNSもあれこれやり始めました。Twitterで湧き水のように流れてくる情報もある。

そうなってくると絶えず情報に触れていないと、なんだか遅れているような錯覚もなったりします。でも実際は別に遅れてないんですけどね。

時速5キロで歩いていたのが、ほかの人のように10キロペースで歩いてしまったり。なので上昇志向をもち必要な情報を取り入れつつもウォーキングペースでいきます。

直感的に自分が「なんかちょっと違うなあ」と思う情報に流されて、よい方向へいったことなどない。そういうときはやっぱり失敗してますもん。

ウォーキングでも全然いいのだ

好奇心旺盛に色々なものにふれていきたいとは思っています。でも自分のあり方を忘れないようにしたい。自分と家族がどうありたいか、どういう方向に行っているのかがぼくにとっては何より大事です。

自分と他人の状況は全然違います。人はだれでも自分の置かれた状況の中で情報を発信しているので、受け取る側はそれをそのまま100%取り入れる必要はないでしょう。

自分の状況に合わせて情報を取り入れ、自分がやりたいと思う方向へ行き、会いたい人と会い、交流したい人とネットで交流する。ぼくはそんなペースでいいかなと思い始めています。

もったいないとか後悔するとか言われてもいい。

今日のStyle

ウォーキングのように生きるのも1つのあり方だなと思います。

歩いていれば必ず家に帰り着くように、ウォーキングペースで生きていても必ずどこかにはいくのです。

どこにいくのかって?さあそれは・・・

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