できないのは能力ではなく興味の問題では

ちょっと漠然としたことを書いてみようと思います。

トイレにかがんでいましたら、ふとタイトルのことが思い浮かびました。(トイレで色々思い浮かぶのはわたしだけでしょうか)

できないできないと思っていることは、能力がないからというよりは、興味や関心がそれほどないからでは?

つい「あの人は〇〇の才能、能力があるから。わたしにはない。なのでできないんだ。」と言ってしまうことありませんか?

能力も多少関係あるでしょうけど、興味や関心の度合いが強ければ、そこそこできるようになるのではないかと思います。

わたしは20歳のころに英語と中国語を勉強していたのですが、びっくりするぐらい習得できませんでした。NHK講座の冊子を購入して、わりと必死に勉強したのですが、何一つ覚えない。(NHK講座が悪いわけではない)

「あぁ、わたしには言語能力がないのだな」と能力のせいにしてやめてしまいました。

それから数年して、こんどはモンゴル語を勉強することに。当時モンゴル語は、英語・中国語よりも教材が圧倒的に少なかったです。(いまもだけど)

まったく見たことのない文字。英語のように文字を読むことも、中国語のように意味をイメージすることもできません。

それでも不思議なことに、地道に勉強していましたら、少しずつですが単語を覚え、モンゴル語を聴きとれるようになり、うれしいことに会話ができるようになりました。

あとになって考えますと、言語能力というものはあまり関係ないんだなと気づきました。「モンゴル人と話したいからなんとしても習得したい」という強い思いが習得へと導いたといっても過言ではありません。

そもそも英語・中国語をしていたときにはそこまでの思い入れはありませんでした。なんとなくやっておけば役立つかも、喋ることができればなんかいいよね、とこれぐらいでした。興味・関心がそんなになかったのでしょう。

興味・関心があればなんでもできるようになるとはいえませんが、それでもこれは、なにかを達成していくうえで欠かせない要素なのでは?

「能力がないからできない」と考える前に「もしかしたらそんなに興味ないのかも」と思って、すっぱり次のやりたいことに進んでもよいのではないかと思います。

また何年かしてもっと強い関心がでてきたときにやると、案外すぐにできるのかもしれませんよ。

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