「なんかいい」という感覚でもいい

こんにちは!

嶋田コータロー(@SRokota)です。

 

ブログをかいていると、つい何が何でも体験したことから教訓を引き出そうとしている自分に気づきます。ブログを書くために教訓をつくっているという感覚。

 

これけっこう疲れるときがあります。

 

本を読んだ、買い物をした、景色を眺めた、珍事件に遭遇した、毎日の出来事を無理やり教訓化してブログに書こうとする自分。

 

でもそうやって作り上げた教訓は自分のものになっていない気がします。

 

なので、たまには何かの出来事があったときに「なんかいい」ぐらいで終わらすのもいいのではないかと思うのです。

 

先日、田んぼの脇に生えているつくしを見つけました。

つくし

一瞬、「つくしから学んだ1つのこと」なんていうブログを書こうかと思いましたが、アホらしくなってやめました。

 

自然に感動してふと思いつくんじゃなく、なんでもかんでも無理やり教訓にするのは何か違うなぁと感じたのです。(そうやってつくったわたしの教訓は大抵うすっぺらい)

 

今回はつくしを見て、「雑草のなかにポツンと生えている姿がなんかいいなぁ」というぐらいの気持ちにしかならなかったので、それでよしとしました。

 

「なんかいいなぁ」と日常で思うことが多々あります。

 

その「なんかいいなぁ」を突き詰めて、なぜいいと思ったのか?を考えることもできるでしょう。そうすれば、まぁわりとまともな教訓が引き出せるとは思います。

 

でもですよ、たまには「なんかいいなぁ」ぐらいで終わってもいいんじゃないでしょうか。

 

意外にそれぐらいで終わらせても、言葉にはなってないけど、けっこう感動して心には残ってるものですよ。

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